ウマ娘、ついに始まりましたね!!!!
何がとは言わんけど、時代が変わりました!!
このビッグウェーブが波立ってるうちに新規実装ウマ娘の史実についてまとめてみます。
・シービーが好きな方
・タキオンやカフェが好きな方
・シンボリクリスエスが好きな方
・アニメ3期が楽しみな方
・ウマ娘のこれからが気になる方
にとっては、この記事を読むと格段にウマ娘に対する解像度が上がります。
では参ります!!
※今回紹介されたウマ娘のうち、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンバルブ(ゴドルフィンアラビアン)、バイアリータークについては↓をお読みください!!
カツラギエース
クラシック83世代 同期ウマ娘:ミスターシービー |
父 ボイズィーボーイ 母父 ヴェンチア |
主な産駒 ヒカリカツオーヒ |
主な勝ち鞍 ジャパンカップ、宝塚記念 |
適正・脚質 中距離/逃げ・先行 |
特徴 最後の直線での強烈な粘り |
同期のシービーに憧れている勝気なウマ娘として登場したカツラギエース。待ってた。ずっと待ってた。LOVE。
あくまで僕個人の主観ですが、BNWやマヤノマベサンローレルの古馬三強、平成三強(ウマ娘では永世三強)と同様に、短い間ではありましたがシービー、ルドルフと三強体制を築いた名馬だと思っています。
日高のとある夫婦が経営していた、とてもとても小さな牧場から生まれたカツラギエース。
最初はそこまで期待されておらず、関係者からの評価も低かったのですが、1200mの新馬戦を8馬身ちぎったことで状況は好転。2戦目は2着に敗れたものの、勝ち負けを繰り返しながらなんとか逃げ切って3勝目を挙げ、皐月賞に出走。
そこで見たのが、ウマ娘のカツラギにとっての原風景だったのでしょう。
泥中を切り裂き先頭を駆け抜けたのは、ミスターシービー。
この光景を、カツラギエースはこう回想しています。
寺山修司という歌人がいました。彼はこよなく競馬を愛しており、そこにドラマをみていました。ハイセイコーが引退した時も、テンポイントが亡くなった時も、そこに何かを重ねたりして詩を書いていました。それが多くの感動を呼び、現代に至ります。
ウマ娘のドラマティックな側面には、いつも寺山修司の影響が隠れています。
彼はミスターシービーの皐月賞を観て唸りました。「強いねぇ、強いねぇ。」と。今年はミスターシービーの時代になるかもしれない、と。ミスターシービーの鞍上は寺山が愛してやまなかった吉永正人騎手。彼のレースにはドラマがあると常々語っていました。
けれど、寺山はシービーに詩を綴りませんでした。皐月賞から5日後、病に伏したからです。
もしも生きていたら、ミスターシービーという馬にどんな名文を残したでしょうか。
その後もシービーは活躍を続け、カツラギもNHK杯(今で言う青葉賞みたいなもん)を制したものの、菊花賞では距離に泣き大敗、常識破りの三冠馬となったシービーを後ろから見届けていました。
カツラギエースは血統も牧場も特筆すべき所は無い。対して、ミスターシービーは父も母も重賞を勝っていて、牧場も二冠馬の生産経験があるという対比。
しかしウマ娘シービーはそこに執着しなかったのです。名家の出身だとか優等生だとかそんなのはつまらないと、ありとあらゆる競馬の常識を真っ向から壊して頂点に立ちました。それを見たカツラギは彼女に憧れたのでしょう。
そこらへんの話は↑で解説してるのでよろしくお願いします。
古馬になりようやく本格化したカツラギエースは、西浦勝一という騎手に巡り合いました。
2000mの重賞を2連勝し、GI宝塚記念も逃げ切り。中距離王に名乗りを上げ、向かった先は毎日王冠。ミスターシービーとの直接対決でした。
元々蹄が薄かったシービーはこの頃には脚部の状態と闘っており、このレースも長期休養からの復帰戦。
結果はカツラギエースが逃げ切りましたが、休養明けながらギリギリまでカツラギを追い詰めたシービー。そして天皇賞(秋)では着順は逆転し、シービーは四冠馬になりました。
そして迎えたジャパンカップで事件は起こります。
四冠馬ミスターシービーVS無敗三冠馬シンボリルドルフVS外国馬の三つ巴だったジャパンカップ。日本人騎手はわずかに4人。
道中はTHEヨーロッパなスローペースで進み、その中でカツラギがマイペースで逃げる展開に。
天皇賞で掛かって負けたカツラギは10番人気。陣営はメンコをつけ、通常より手綱を30cm長く持ってリラックスさせ、初めてスタートから先頭に立つ逃げを敢行するなど、工夫を凝らしてなんとか「三冠馬のどちらかを負かそうと」考えていました。
欧州は逃げ切り勝ちがほとんどないため、馬群の中にいた名手レスターピゴットらもカツラギは直線で沈むものと考えどっしり構えていたのでしょう。スローペースで進みます。
そして直線に入る頃、カツラギは今にも失速しそうな感じで粘っていました。ベッドタイムがそれを捉え、先頭に立とうと鞭を入れます。
が、なぜかむしろ差が開いていきます。
馬具を装備しマイペースで逃げたカツラギには、まだ使える脚が存分に残っていました。
この死んだフリ戦法でついにルドルフ以下の追撃も抑え粘り切ったカツラギエースは、日本の馬としてはじめてジャパンカップを制覇したのです。
西浦騎手も嬉しかったのか、インタビューで開口一番「してやったり」と述べています。痺れますね。
JCを勝てたカツラギは種牡馬入りするため、次戦の有馬記念が引退レースとなったんですが、ここでもルドルフの2着となり、シービーの追撃を抑えてゴールインしています。
天皇賞(秋)勝者、ミスターシービー。
ジャパンカップ勝者、カツラギエース。
有馬記念勝者、シンボリルドルフ。
84年秋は、3強の時代でした。
その昔、寺山修司はトウショウボーイを“叙事詩”、テンポイントを“抒情詩”と対比しました。彼の死後、シンボリルドルフは叙事詩、ミスターシービーは叙情詩と誰かが言いました。
彼が生きていたら、2頭の三冠馬の間で光を放った孤高の逃げ馬を、なんと表現したでしょうか。
寺山修司の書籍に『旅路の果て』という競馬エッセイがあります。ウマ娘のミスターシービーの固有スキルは『叙情、旅路の果てに』。そして今年2023年は寺山修司が亡くなってちょうど40年です。偶然でしょうか、それとも。
ウマ娘カツラギさんはたぶんヤエノちゃんと仲がいいはず。(どっちも西浦騎手が乗ってたし気性に難があるコンビなので)
西浦騎手は調教師になってもカワカミプリンセスやホッコータルマエを管理されてる名ホースマンなので、気性的にカワカミとも絡みがありそうですね。タルマエは分からん。
ジャングルポケット
クラシック01世代 同期ウマ娘:アグネスタキオン、マンハッタンカフェ |
父 トニービン(トニビアンカ) 母父 ヌレイエフ |
主な産駒 トーセンジョーダン、オウケンブルースリ |
主な勝ち鞍 ジャパンカップ、日本ダービー |
適正・脚質 中〜長距離/差し・先行 |
特徴 直線の長いコースでの強烈な末脚 |
空白がどんどん埋まっていきますね。01世代四強の一角、ウマ娘アグネスタキオンが夢を見た“もう一つの可能性”、ポッケ君ことジャングルポケット。
まずは彼の背景を掘り下げましょう。
父は凱旋門賞馬トニービン。ジャパンカップでオグリキャップやタマモクロスらと対戦経験があり、直線で骨折しながらも5着になったGI6勝馬です。漫画『ウマ娘 シンデレラグレイ』でもトニビアンカとして登場しています。
JC出走時点で権利の半分を社台の偉い人が買い取ってたので、そのまま日本で種牡馬に。そして生まれたのがチケゾーや女帝さん、ジャングルポケットになります。
ウマ娘の彼女と関わりが深いのは、ライバルのタキオンとカフェとオペラオー、父親が同じウマ娘たちと、息子にあたるトーセンジョーダン。そしてフジキセキとスイープトウショウあたりでしょうか。
ウマ娘ジャングルポケットはフジキセキに憧れていますが、史実のジャングルポケット関係者は、フジキセキの幻影を彼に重ねていました。
実はジャングルポケットの関係者(馬主、厩舎、騎手)は全てフジキセキと同じチームでした。フジキセキでダービーをと意気込み、連戦連勝。敵無しと思われた弥生賞。その果ての故障。
「幻の三冠馬」に取れなかったクラシックを、もう一度同じチームで。ジャングルポケットはそんな期待を背負っていました。
後の重賞馬3頭が集った2000年札幌、“伝説の新馬戦”を1着通過すると、そのまま滞在してGIIIに挑みました。
まあ見てくださいよ、この脚。
日本屈指の直線の短さを誇る札幌で、この脚を使って勝ち切れる馬は中々いないです。クラシックに向けて大きく視界が開けた一戦でした。ちなみに3着はGI3勝テイエムオーシャン。カツラギエースに乗ってた西浦先生の管理馬です。
今は2歳でGIII勝てたらGIに挑めますが、当時はGIホープフルSがありませんでしたし、東スポ杯もGIIじゃなかったのでラジオたんぱ杯に直行することになりました。ホープフルの前身ですが、阪神競馬場で行われていたレースですし、朝日杯は中山開催でした。ややこしい。
ホープフルSの前身だけあってGIレベルのメンバーになる事も多かったこのレースですが、中でもこの年は圧倒的でした。
1番人気はここまでほとんど鞭を打たれず2連勝のクロフネ。カレンチャンの父です。
2番人気は新馬戦を驚異的なタイム(上がり33.8)で勝利したアグネスタキオン。ダスカの父。
3番人気にジャンポケ。ジョーダンの父。重賞勝ってるのに下に見られていました。
蓋を開ければ実力通りの結末。クロフネは展開のあやで3着に負けてしまいましたが、ジャングルポケットと実力は拮抗していました。
問題はタキオンです。たった数完歩で前にいたクロフネを簡単に抜かしていくんだから怖い。
こうなったら前哨戦はみんなタキオンとぶつかりたくないので、強い馬は散り散りになりました。
タキオンは弥生賞へ、ジャングルポケットは共同通信杯へ、クロフネは毎日杯へ、アグネスゴールドはスプリングSへ。
不良馬場の弥生賞には調整ミスでマイナス20kg減の状態で出てきてしまったマンハッタンカフェなどがいましたが、タキオンは楽に2着に5馬身差つけ圧勝しました。(なおカフェは次のレースで更に16kg絞れてしまって休養に入る)
その他の馬の陣営は明確なビジョンを持っていました。
クロフネ陣営は毎日杯→NHKマイル→ダービーローテ。ウマ娘ギムさんが「マイルと中距離どっちも勝てるのがビューティフォー」的な思想をしていますが、あれはギムさんの調教師の松国さんの考えで、クロフネも松国厩舎なのでそうなりました。
対してジャンポケは東京のGIIIへ。ジャンポケはトニービン産駒。トニービン産駒は走り方的に東京で強い(というか東京でしかGIを勝てない)という傾向があったので、タキオンという強敵を見てしまった以上、東京で様子を見つつダービーに全BETする事にしたのだと思います。
アグネスゴールドはタキオンと同じ馬主の馬なので、無敗連勝を継続する意味でもスプリングSへ。
四強は無事勝利しましたが、ここでアグネスゴールドは故障し引退。種牡馬になってなんやかんやでブラジル無敗牝馬三冠馬の父になり、アメリカGI馬2頭の父になり、2023年現在ブラジル三冠馬の父になる可能性が高いです。そうはならんやろ普通。
そして迎えた皐月賞は「タキオンにどの馬が食らいつけるか」が争点となりました。候補としてはジャンポケ、アーリントンCを勝ったダンツフレームくらい。タキオンは勝って当たり前の雰囲気でした。
“まず一冠”なんてフレーズが実況から引き出されたのはタキオンが最初だったのではないでしょうか。後にディープインパクトでも同様の表現がされますが、“絶対は無い”とされる競馬で絶対すら信じさせる存在にタキオンは近付いていたのでした。そんな可能性を秘めていたのです。
でも鞍上の河内騎手は首を傾げていました。「いつものアグネスタキオンの走りではない」と。
不良馬場の弥生賞にて、脚部にダメージが溜まっていたタキオン。皐月賞の後、屈腱炎で引退を余儀なくされました。
この年の中山競馬場は地獄の馬場だったらしく、2回以上中山で走ったクラシック世代の馬は高確率で何かしら起きてます。
タキオンはフジキセキ以来の「幻の三冠馬」という異名を残し、ターフに別れを告げました。
序盤で躓いたジャンポケ。それさえ無ければタキオンに一矢報いる事もできたかもしれなかったのですが…二度と先着できないままライバルと別れ、迎えるダービー。
この年からクラシックが変わりました。クラシックに外国産馬が出走可能になったのです。
今までグラスワンダーやエルコンドルパサー、ヒシアマゾンといった海外で生まれた馬は日本のクラシックに出走できませんでした。
そもそもクラシック三冠は優秀な種馬(父になる馬)を選定するレースであり、国内の血統を繋ぐ意味で重要な役割を担っていたからです。
でも国際化の波とか国産馬のレベルが上がったことで、“マル外解放元年”が訪れました。
これの恩恵を受けたのが毎日杯→NHKマイルローテでGIを制覇した米国産馬クロフネ。松国ローテでダービーへ挑んできました。
負けて強しのレースをしたジャンポケが1番人気でダービーのゲートは開きました。
クロフネは距離とローテの苦しさに阻まれ伸び切らず。内国産馬の意地が東京を沸かせました。
動画の通り、ジャンポケは空に向かって吼えたのです。普通は騎手がガッツポーズでウイニングランするのですが鞍上の角田晃一騎手の分も吼えてます。スイッチが入ると手が付けられないところはウマ娘でも再現されてますね。
陣営にとってはフジキセキの無念を晴らした悲願のダービー。ウマ娘でどう脚色されるか気になります。
菊花賞は唐突に本格化したマンハッタンカフェに阻まれ勝てなかったものの、ジャンポケが輝くのはやっぱり東京。
時代はオペラオーの絶対王政が崩れ、天皇賞でアグネスデジタルがオペラオーを差し、時代が変わり始めていたころ。
ジャパンカップ。この日彼の背に乗ったのはゼンノロブロイを秋古馬三冠に導き、シンボリクリスエスでも有馬記念を連覇したペリエ騎手。彼のエスコートでジャンポケは最高のパフォーマンスを見せました。
テイエムオペラオーの強さは、「馬体を併せると絶対に抜かせないところ」。アグネスデジタルが大外からブチ抜いたことで、それは看破されました。
ペリエ騎手は距離ロスしないよう外に出し、オペラオーと丁度いい距離感を保ちながら一気に差し切りました。世代交代の秋でした。
有馬記念も3歳世代のカフェが引退レースのオペラオーを破り、これからは01世代の時代かと思われたのですが…
クロフネはダートで伝説の走りを見せたあと故障。カフェは天皇賞(春)制覇後に蹄を痛めたり色々あって、凱旋門賞に挑んで故障を発生し引退。ジャンポケは無事だったのですが勝てませんでした。理由は一つ。東京で走れなくなったからです。
運の悪いことに2002年に東京競馬場は改修工事。天皇賞(春)では2着と善戦しましたが、その後脚部不安も祟って中々苦しい一年になりました。
引退してトーセンジョーダンらGI馬9頭の父になりましたが、ウマ娘がリリースされて数週間後、息を引き取りました。ウマ娘がリリースされてから初めての訃報だったと思いますし、印象に残っている人も多いかと思います。
ヒシミラクル
クラシック02世代 同期ウマ娘:タニノギムレット、シンボリクリスエス、ファインモーション |
父 サッカーボーイ(ディクタストライカ) |
主な勝ち鞍 天皇賞(春)、宝塚記念、菊花賞 |
適正・脚質 中〜長距離/差し・追込 |
特徴 馬よりもそれに付随する“おじさん”の印象が強すぎる |
おっとり系のウマ娘は今までにも何名かいました。スーパークリーク、メジロブライト、ワンダーアキュートなど。ミラクルもその系統ですね。
これらの馬に共通していたのが、「とにかくズブい」こと。「ズブい」とは反応が鈍いことです。
例えばウオッカさんなら直線で鞭を1発入れただけでギュルンギュルン加速するのですが、これらの馬にはそういった加速力がないためずっとグイグイ手綱を動かして必死に促し続けてなんとかって感じです。今の競馬を見てる方ならディープボンドを想像して頂くと分かりやすいかと思います。あんな感じです。
ちなみにミラクルの父はサッカーボーイ。シンデレラグレイでいうディクタストライカです。アレからコレが生まれたの!?ってお思いかもしれませんが、現実でも同じような感じです。サッカーボーイはめちゃくちゃ気性荒くて走れて2500まで。でも産駒は3200の方がむしろ強い馬が多かったのでした。
ミラクルは幼少期は体質が強くなく、デビューしてからもしばらくは勝てませんでした。未勝利戦を勝てたのが10戦目でした。ここまで勝ち上がりに時間かかった馬でウマ娘化した馬はたぶんいないんじゃないかな。うらら〜んは例外。
3歳の夏を迎えると、競走馬は「オープン馬」と「条件馬」で二分されます。条件戦を抜け出せないと(収得賞金の都合上)大レースに出られない可能性が高いので、菊花賞に出たい馬は条件戦で下積みして賞金を積まなければなりません。
今でいう2勝クラスを勝ち上がったミラクルでしたが、次戦の神戸新聞杯(2000m)で6着。菊に出走できるか微妙なラインでした。
前年の菊花賞馬マンハッタンカフェも2勝クラスからGI制覇を果たしたのですが、あの年はダービー馬ジャングルポケット、皐月ダービー2着のダンツフレーム、GII2勝馬エアエミネムらがいたので回避馬が増え15頭立てになっていました。
対して今年は世代トップのタニノギムレットは引退、シンボリクリスエスは天皇賞参戦で不在。出走予定の馬も本命不在で、皐月賞馬ノーリーズンはダービー8着で距離不安、朝日杯勝ち馬アドマイヤドンはそれ以降不調続き、ラジオたんぱ杯勝ち馬メガスターダムはニホンピロウイナー産駒(ゼファーの父でマイルGI3勝)。
どの馬主も勝機があると踏んだため、出走登録馬は20頭を超えました。ちょうどミラクルと同じクラスにいる馬が出走のボーダーラインになり、3/8の枠を争う抽選があったのですが、運良くここを通過。
これだけでもミラクルだったのですが、本番はここからでした。
1番人気のノーリーズンがとんでもないことになりました。
どよめき溢れる淀。「んなアホな〜」というおじさんの声もばっちり入ってます。ただでさえ1番人気がいなくなったのに、その鞍上が武豊だったのが余計に波乱を増幅させました。
武豊騎手は体内時計が正確すぎるので、彼をマークしていればちょうどいいペースで3000mを完走できます。しかし今彼はいませんし、ルドルフの相棒岡部騎手もローエングリンに乗ってかっ飛ばして先頭を行きます。ペースが乱れて然るべき展開。
船頭を失った馬群は序盤はハイペース、中盤は急速に落ち着き、前の方の馬はかき乱されて苦しい展開に。
京都の2度目の下り坂で、メガスターダムを見ながらヒシミラクルは外を回します。
加速力は全然ないのでメガスターダムに手応えでは劣りますが、持ち前のスタミナでじわじわと粘り強く伸びていきます。先頭に立った後、菊花賞馬ダンスインザダーク産駒のファストタテヤマがミラクルとは全然違う勢いで飛び込んできますが、なんとかしのいで最後の一冠を掴んだのでした。
ちなみにヒシミラクルの鞍上も角田晃一騎手です。ミラクルのレースを見てからジャンポケのダービーを見ると乗り方が全然違って面白いかも。
そんなこんなでGI馬になれたヒシミラクルでしたが、その後はまた微妙な感じに戻ってしまいました。
有馬記念は同期のシンボリクリスエスの勝利を見届け11着。阪神大賞典で12着。間隔を詰めて大阪杯で7着。天皇賞(春)で1着。
なんで???という感じですが、菊を再現するようなレースが出来たことと、メンバーが手薄だった(GI馬がヒシミラクルとダンツフレームしかいなかった)事が勝因だったのでしょう。と、当時は思われていました。
天皇賞に反比例して、宝塚記念は過去最高のメンバーになりました。
年度代表馬シンボリクリスエス、説明不要の万能馬アグネスデジタル、二冠馬ネオユニヴァース、有馬でボリクリを追い詰めたタップダンスシチー、前年の宝塚覇者ダンツフレーム、前年2着のツルマルボーイ、芝ダート二刀流GI馬イーグルカフェ、春天2着サンライズジェガー、GII3勝のタマモクロス産駒マイソールサウンド、後のGII6勝馬バランスオブゲーム。
主役だけでなく名脇役も多数。文句なしで過去最高の宝塚記念と言われていました。
そんなレースの勝者が…
なんで………?
よくよく見てみると、ミラクルの勝ちパターンはいつも1つ。前が前半で飛ばしてる間にいい位置につけ外に出し、前が馬群に呑まれるちょっと前から全力で追って追ってぺちぺちされながらなんとか伸びて粘り勝ち。今回もそのパターンでした。
なので騎手インタビューも「手応えなかったんで…」となんとも言えない回想だし、角田騎手は全身汗だく。しかも最後、自分より馬券買った人におめでとうございましたって………ん?
そう、これがヒシミラクルを語る上で離せない「ミラクルおじさん」。
詳しくはヒシミラクルwikiのエピソードの「ミラクルおじさん」の項を読んで欲しいですが(なんでそんな項あんだよ)、とあるおっさんがアグネスデジタルの安田記念でゲットした1200万をそのままヒシミラクルの単勝にぶち込んだら当たったという、宝くじより当選確率低そうな運ゲーをくぐり抜け伝説になったよ、という話です。
宝塚は上のフジテレビ版よりKBS京都のくるくるヒシミラクル版の方が巷では評判がいいので載せておきます。自分もこっちの方が好きです。
ウマ娘になってもミラクルおじさんの存在は切っても切り離せないと思うので、どういう形でおじさんが出てくるのか期待しておきましょう。
タップダンスシチー
クラシック00世代 同期ウマ娘:アグネスデジタル、エアシャカール |
父 プレザントタップ 母父 ノーザンダンサー |
主な勝ち鞍 ジャパンカップ、宝塚記念 |
適正・脚質 中〜長距離/逃げ・先行 |
特徴 ジャパンカップ9馬身差逃げ切り |
エアシャカール世代のクラシックは最後の内国産馬限定クラシックで、内国産馬組が古馬になってズタボロだったところを同世代のアグネスデジタル、エイシンプレストン、そしてタップダンスシチーら外国産馬組が暴れ回った、ちょっと特殊な時代でした。
タップは非常に晩成型の血統で、馬体が出来上がって本格化を迎えたのは5歳の頃。でもタップの血統はそこからのロングランが期待できる血統だったらしく、タップ自身も8歳で勝利してたりします。
5歳でチャレンジCを制覇し、GIIで好成績を残したあと、向かったのは有馬記念でした。
この日、1番人気の支持を受けていたのはファインモーション。未だ負け無しの馬だったのですが、タップ鞍上の佐藤哲三騎手は勝ちに行くためファインを意図的に掛からせ、徹底的に潰しにかかりました。
作戦は成功したのですが、誤算はシンボリクリスエスが強すぎたこと。メリークリスエスな感じで2002年の年末は終わりました。
以降、ファインモーションはGI未勝利で引退。この時点ではタップはライスシャワーの比じゃないくらいのヒールでした。
03年、タップは金鯱賞を制覇し例のくるくるヒシミラクル宝塚記念で前の方につけながら3着に粘ると、秋は京都大賞典でヒシミラクルと再戦。ここで逃げ粘り重賞3勝目。着実に実力をつけていきました。
そしてレース後ヒシミラクルは繋靭帯炎を発症し、復帰後は全盛期の走りを取り戻せませんでした。宝塚がまぐれ勝ちみたいな感じで思われているのは、全盛期が短すぎたからかもしれません。
一方のタップは抜群の仕上がりでジャパンカップに臨みました。とはいえ圧倒的1番人気は宿敵シンボリクリスエス。2番人気は二冠馬ネオユニヴァース。
大雨は止み、なんとか重馬場まで回復した東京競馬場でタップが見せたのは、未だかつて無い前人未到の逃げでした。
雨の影響でゆるんだ芝の上、1頭だけラチ沿いを颯爽と駆け抜けるタップダンスシチー。
タップの強みは、「常に一定のラップを刻みながら逃げ続けられること」。途中で息を入れるセイウンスカイや、後半は粘り切れるかどうかの勝負になるダイタクヘリオスなどとは違い、仕掛け方次第では後続に絶大なプレッシャーを与えることが出来ます。
哲三騎手は1コーナーの入りで後続の騎手にスピードを上げると“思い込ませ”て、後続に手綱を引かせるような展開にしました。
そして2コーナーから向正面でペースを落とすふりしてややスピードを上げます。スピードはほぼ一定のままで、1コーナーで付けた2馬身差は向正面で10馬身に広がります。
一旦付いてしまった10馬身差は、この馬場だと取り返せないほど遠い距離。まして直線に入っても自分のリズムで逃げ続けられているタップダンスシチーは沈みません。
前走の天皇賞をレコード勝ちしたシンボリクリスエスが重馬場に苦しむ中、タップは日本馬VS世界の最前線をぶっちぎったのでした。
その差は、2着に9馬身差。GIとしては過去最高の着差。それもジャパンカップでの更新は空前絶後の大記録でした。
佐藤哲三騎手が騎手に興味を持ったきっかけが、カツラギエースのジャパンカップだったそうです。
カツラギエースと同じ長手綱の逃げ馬で、ジャパンカップとしてはカツラギエース以来となる逃げ切りで、カツラギエース同様日本競馬史に残る世紀の逃げを打った哲三騎手は、タップと共に1つの夢を叶えたのでした。
ですがボリクリも負けていません。有馬記念で9馬身差をつけ返され、彼はそのまま引退しました。
鞍上のペリエさんはボリクリのことを「空を飛んでいるよう」と評価しています。
踵で地を踏み鳴らすタップダンスシチーと、空を飛ぶシンボリクリスエス。TM対決にも通ずる天と地の頂上決戦。いつかウマ娘でも映像作品として再現されて欲しいですね。
その後も宝塚記念を後ろにいる有力馬を無視して強気の競馬。前でペースをつくり、ゼンノロブロイらを寄せ付けずGI2勝目。
有馬記念でもロブロイと死闘を繰り広げ、最終的に外国産馬として初めて獲得賞金が10億を超えた馬になりました。
佐藤哲三騎手の憧れだったカツラギエース。奇しくもタップとカツラギは両者共に宝塚記念とJCを制覇しています。
JCを逃げ切り勝ちしたのはカツラギとタップとキタサンしかいない(キセキは惜しかった)ので、全員ウマ娘化してますね。
ちなみにウマ娘の耳飾りがシャチホコなのは金鯱賞を3連覇したことから。日本のGII3連覇はゴルシとタップくらいしか達成してない珍記録です。
ウマ娘タップさんはカツラギに憧れを抱いているんでしょうか。性格も気になりますね。
ネオユニヴァース
クラシック03世代 同期ウマ娘:ゼンノロブロイ |
父 サンデーサイレンス 母父 クリス |
主な産駒 ヴィクトワールピサ、ロジユニヴァース、サウンズオブアース |
主な勝ち鞍 皐月賞、日本ダービー |
適正・脚質 中距離/差し・先行 |
特徴 脚部の柔軟性と精神力 |
謎アホ毛がユニークなネオユニさん。勝負服はタキオン以来となる萌え袖であることが判明し、一部界隈では歓喜の声が上がっています。
ロックバンドL’Arc~en~Cielの代表曲の1つ、「NEO UNIVERSE」からその名が付いた競走馬ネオユニヴァースの特徴は、脚部の柔らかさと精神力でした。
トウカイテイオーのように、脚部が柔らかい馬は故障と隣り合わせですが絶大なパフォーマンスを発揮します。
キングヘイローに乗っていた福永祐一騎手は、朝日杯をエイシンチャンプという馬で制覇し、クラシックに挑もうとしていました。
同時期にたまたま巡り会ったのがネオユニヴァース。もちろん圧倒的な能力を感じていましたが、皐月賞本番で乗れるのはどちらか1つだけ。
福永騎手は「GIを勝たせてもらったのだし、自分ひとりの力ではここまで来れなかったのだから、筋を通そう(意訳)」と、エイシンチャンプに継続騎乗することに。
ネオユニヴァースに乗ることになったのは、たまたま来日した外国人騎手でした。
最後の直線、サクラ最後のGI馬になり得た名馬サクラプレジデントが外から抜け出す中、内で包まれてしまったネオユニヴァース。
しかしほんの一瞬進路が開けると、ネオユニヴァース自身が自らそこに突っ込んでいったのだと、鞍上のミルコ・デムーロ騎手は語ります。
※なおこの時2着馬鞍上の田中勝春騎手はGI連敗が続いていて(最後に勝てたのがヤマニンゼファーの時)、この時もずっとうつむいていると、それを励まそうとしたミルコさんにしばかれています。今ではプライベートでも仲良しらしいので許したげて。
日本ダービーでは1番人気に支持され、完璧なレースをやってのけました。
雨の影響で内側の馬場が荒れていて、有力馬が皆外を選ぶ中、最後の直線でわずかに内を抜けて軽くショートカットし、外の馬と馬体を併せ先頭へ。
言っちゃえば小ゴルシワープを使って二冠達成。これができるということは並外れた能力があることの証明でもあります。
デムーロ騎手は外国人騎手初の日本ダービージョッキーになりました。多くの人に祝われ、「自国のダービーを勝つより嬉しい」と涙しました。
こうなるとネオユニヴァースには大きな期待が寄せられました。サニーブライアン(1997)は二冠達成後故障引退したので、三冠に挑む権利を得られた二冠馬はナリタブライアン以来。
なぜか宝塚記念を使ってヒシミラクルの4着になったりしましたが、多くの人がネオユニの三冠を夢見ていました。
でもデムーロ騎手は短期免許で日本に来てます。短期免許は1年間で来日できる日数が決まっていて、菊花賞で騎乗することは理論上不可能だったのですが…
JRAが気を利かせて「外国人騎手で同年に同じ馬でGI2勝してたらGIでその馬乗る当日だけ来日して乗ってもええで」というネオユニの為にしか使えなさそうな特別ルールをご用意。
そして菊花賞を迎えたのですが、距離が長く4着に敗退。
以降はタップのJCで4着、GII大阪杯1着のあと天皇賞で大敗し故障引退という流れです。
これだけ見ると尻すぼみ感は拭えないですが、後半の失速には宝塚の疲れもあったでしょうし、菊花賞も「ネオユニ自身は最後まで勝とうとする強い気持ちがあった」とデムーロさんは語っています。
ジャンポケにも言えることですが、今みたいに海外遠征がメジャーになっていたら、長距離を使うことなくドバイや香港などのGIで勝てていたかもしれません。
ネオユニの強さは精神力。精神力の強い馬といえばオグリキャップが真っ先に思い出されますが、そのオグリの瀬戸口調教師が管理していたのがネオユニ。しかも根性面では「オグリに似ていた」と語っています。(多分ウマ娘では根性の伸び率にバフがかかるはず)
能力を発揮しきれる舞台があれば、彼の実績はもっと積み重なっていたかもしれません。
種牡馬としても大活躍した彼でしたが、脚部があまりにも柔らかすぎるため故障を嫌うブリーダーが多く、繋ぎの硬い馬と交配される事が多かったためか、晩年の産駒はダートで強い馬が多めでした。
ディープインパクト旋風が到来したことと、後継となったヴィクトワールピサがトルコに行ってしまったため、日本でネオユニヴァースの血が入ってる馬は現在かなり少なくなってますが、幾多のドラマを作った事実は消えません。
個人的にはネオユニ産駒のロジユニヴァースは日本のGI1勝馬の中で一番強かったと思っています。いつかウマ娘にも参戦してほしいです。
ネオユニヴァースでダービーを制覇できたデムーロ騎手は日本に度々来日するようになり、ネオユニ産駒のヴィクトワールピサで日本に希望を届けました。
一方、ダービー制覇の機会を失った福永祐一騎手は長年苦しんでいましたが、エピファネイアという名馬に巡り会って「勝てるかもしれない」と希望を見出します。
同時期にタップの佐藤哲三騎手はキズナという名馬に巡り会い、「こういう馬がダービーを勝つんだろうな」と漠然と感じていたのですが、落馬事故で大怪我を負い、最終的には騎手を引退することになります。
そのキズナの手綱を任されたのが、同じく落馬事故でヴィクトワールピサの皐月賞制覇を病院から見届けていた武豊騎手。復帰後も成績が低迷していました。
武騎手が手綱をとったキズナは、落馬事故の舞台となった毎日杯を制覇しトラウマを克服すると、京都新聞杯を連勝しダービーへ。
エピファネイア、キズナ、ミルコデムーロ騎手の弟が乗る皐月賞馬ロゴタイプの三つ巴となった2013年日本ダービーは、最後の最後にキズナが差し切って勝利。
完全復活を遂げた武騎手は観客に「僕は帰ってきました!!」と手を振りました。
新規実装のウマ娘に関係するようなしないような話でしたが、なんでこんな話をしたかというと、このドラマがウマ娘で再現可能になる可能性が高いからです。
ウマ娘のこれから
ネオユニヴァースの馬主は社台レースホース。社台グループという日本の馬産を担う一大法人の一角です。
今までここの所属馬はウマ娘化されていなかった(許可が取れていなかったとされていた)のですが、この度ネオユニヴァースが実装されました。ということは…
少なくとも社台レースホースの競走馬が出せる
ということは…
少なくともステイゴールド、ダンスインザダーク、バブルガムフェロー、ハーツクライ、ゴールドアリュールは実装確定
ということです。ディクタストライカもサッカーボーイとして実装できますね。この記事をここまで読んでる方でステイゴールドを知らない方はいないと思うので、この気持ちが分かって頂けるでしょう。
社台レースホースの馬が実装できて他の社台グループの馬が実装できないなんてことはないと思うので、他の馬も順を追って実装されるでしょう。
ということは…
アーモンドアイ、オルフェーヴル、ジェンティルドンナ、エピファネイア、リスグラシュー、サートゥルナーリア、ドリームジャーニー、エフフォーリア、イクイノックスもいずれは実装可能
ということです。
まあ簡単に言っちゃえばディープインパクト以外の名馬は8割出せる状態になったということですね。革命です。
特に父ボリクリ、母父ネオユニのルヴァンスレーヴ、スペシャルウィーク産駒のブエナビスタ、グラスワンダーの孫でメジロ血統のモーリスなどはウマ娘同士の絡みも気になりますね。
そうなると直近で気になるのはアニメ3期。
キタサトの戦いがアニメ化されるわけですが、気になる記述が色々ありました。
ダイヤちゃんの所属がチーム<カペラ>ということが1つ。今んとこサトノのウマ娘はクラちゃんとダイヤちゃんしかいないので、サトノアラジン、サトノノブレス、サトノアレス、サトノラーゼンあたりあたりが追加されそう。
ノブレスはメジロとサトノを繋ぐキーパーソンなので高確率で実装されそうだし、ラーゼンもサトノの“ジンクス”を強調する意味で投入してくる可能性はありますね。(ダービー2着)
そして、キタサンブラックのクラシックを描く上で欠かせないのが二冠馬ドゥラメンテ。トウカイテイオー同様二冠達成からの骨折もあり、2期メンバーとのかかわりも注目ポイントになってきます。大人テイオーも見られそう。ゴールドアクター、リアルスティールもキーパーソンになりそう。
ダイヤのライバルとなるリオンディーズ、エアスピネル、ディーマジェスティも必須キャラです。
それぞれのシニア級を盛り上げる脇役としてカレンミロティック、サウンズオブアース、ヤマカツエース、そして準メインのマリアライト。サトノクラウンを盛り上げる意味で海外馬ハイランドリール。
ここら辺は出てきておかしくないでしょう!ぜひとも予習を。(ただの出てきてほしい馬まとめになってしまった)
とにかく、2周年を境にウマ娘は大きく変わります。見逃すな!!ということです。
あとがき
あまりにも長すぎる紹介になってしまいまして申し訳ないです。まだ新育成シナリオ触れてない状態で書いてました。そわそわしてます。
これから新たに追加されていくであろう古今東西の名馬たちに希望を抱きながらウマ娘を起動するとします。
だってこれからは現行で走ってるクラブ馬も期待していいんですからね。最高です。
「勝って漢になれ」じゃなく「勝って娘になれ」と願いながらサンデーレーシングの馬の単勝馬券を握ることにします。なんて歪んだ愛情。
それでは。
コメント
記事作成お疲れさまです。
「ウマ娘のこれから」という点で私が気になっているのは牝馬をモチーフにしたキャラクター(それに伴うティアラ路線)の扱いです。
私はウオッカが好きなのですが、このキャラクターの話題になると大体「ウマ娘は全員が女性なので牝馬でダービーを勝った凄さが伝わらない」という意見が挙げられます。
この発言を見るたびに悲しい気持ちや悔しい気持ちになってしまいます(個人的にはアニメ3期でウオッカダイワスカーレットをメインにし、その点を掘り下げることを期待していました)。
メジロラモーヌやデアリングタクトなど魅力的な牝馬がウマ娘に登場し、いつかは深く掘り下げることになると思うのですが、管理者様はどうお考えでしょうか。